フランク王国・Ⅰ メロヴィング朝の成立
ごきげんよう!
今回から「フランク王国」の解説に入ります。
まずは「メロヴィング朝の成立」までの経緯について。
481年にクローヴィス1世が即位。その後486年に隣国の「シアグリウスの国(ソワソン管区)」を攻め滅ぼしたのを皮切りに、その領土を急速に拡大していきます。
一方、フランク王国の周辺国はどうだったのでしょう?
フランク王国の成長と同時進行で時々刻々と変化する国際情勢。
現在の南フランスからスペインまでの広大な領域を支配した「西ゴート王国」。
当時の王アラリック2世は、クローヴィス1世の動きにどう対応したのでしょうか?
そして同じころ、イタリア半島でも激変が。オドアケルが東ゴート王国のテオドリック大王に襲われます。
イタリア半島における「政権交代」によって、西ヨーロッパの盟主となったテオドリック大王。
政略結婚を重ね、周辺各国を間接的に支配しようとたくらみます。
「シアグリウスの国」が滅びてフランク王国に飲み込まれると、国境を接するようになった「ブルグント王国」との関係も様変わりしていきます。
493年、クローヴィス1世はブルグント王グンドバトの姪クロティルドと結婚します。
彼女はアタナシウス派のキリスト教徒でした。
それまで古代ギリシア・ローマや北欧の神々を信じていたフランク人。
カトリック教会との親密な関係が始まります。
クロティルドとの結婚、そしてローマ=カトリック教会への接近が、フランク王国の命運を大きく左右していきます。
一方、キリスト教会内でも大きな対立が。
いまだ皇帝が健在なコンスタンティノープル教会と、軍事的後ろ盾を失ったローマ教会。
クローヴィス1世率いるフランク王国の急成長が、大きな影響を与えていきます。
ゲルマン人たちがみな「アリウス派」を信仰していたのに対し、クローヴィス1世は王妃クロティルドの勧めで「アタナシウス派」に改宗しました。
この選択が、フランク王国の命運を大きく左右します。
クローヴィス1世の治世は481年から511年の、ぴったり30年間。
この30年間で、フランク王国の領土はほぼ3倍に膨れ上がっています。
その背後では、アタナシウス派とアリウス派というキリスト教会内の宗派対立、加えてローマ教会とコンスタンティノープル教会との対立という、キリスト教内部における二重の対立が絡んでいます。
もちろん、ゲルマン人の諸王間の命を懸けた駆け引きも。
西ヨーロッパ世界が、古代から中世へと大きく変貌を遂げる過渡期。
いくつもの事象が複雑に絡み合う、ダイナミックな変化の時代。
なるべく細かく、かつ分かりやすく解説したつもりです。
ヴィジュアル的にも「一目瞭然」で理解できるよう、「Google Earth Pro」を効果的に利用して歴史地図の移り変わりをアニメーションにして解説しています。
世界史に興味ある方、キリスト教に関心のある方なら絶対に満足できる内容になっています。
歴史の興味がなくても、物語として十分に楽しめる内容です。
また、今後ますます需要を増していくであろう「ICT教育」。
大きな参考になること請け合いです。
最後までご覧になっていただき、心より感謝申し上げます。
【もくじ】
00:00 オープニング
476年、西ローマ皇帝ロムルス=アウグストゥスがオドアケルに退位させられ、西ローマ帝国は滅亡したことに(教科書では)なってますが、その後もしばらくの間、行政上は、西ヨーロッパはあくまで「西ローマ帝国」でした。地味なので、だいたいはスルーされてしまう内容ですが、実は西ヨーロッパ中世史を語るうえで、とても大きな土台となる要素です。前置きとしてはちょっと長くなってしまいましたが、大切なことなのでしっかり解説しています。
05:42 クローヴィス1世の即位
481年、後にフランク族を統一して「メロヴィング朝」を成立させるクローヴィス1世が、サリー=フランクの王として即位します。クローヴィス1世が統一するまで、フランク王国には同格の王が何人も並立し、統治していました。
そもそもフランク族自体が雑多な民族の集まりだったので、一つにまとまるのも大変だったのでしょう。
また同時代史として、クローヴィス1世即位の前年、480年に、「もう一人の」西ローマ皇帝ユリウス=ネポスが暗殺されます。そして翌481年、オドアケルがネポスの領土を併合しました。まさに同時代史。
こうして、「行政上」は、東ローマ皇帝ゼノンただ一人がローマ帝国の皇帝となり、東西に分裂して久しい帝国をまた一つにしました・・・あくまで行政上の話ですが。
13:18 シアグリウスの国
フランク王国の南に隣接する「シアグリウスの国(ソワソン管区)」。ローマ人が支配し、ローマ人が住む、ローマ人の国です。486年、クローヴィス1世が征服しました。
フランク王国の領土は一気に2倍に拡大します。
17:37 混乱期のキリスト教会
西ローマ帝国が崩壊したころ、大混乱のヨーロッパでキリスト教会が果たした役割とはどのようなものだったのか。
今後の西ヨーロッパ世界を形作るうえでもとても重要な要素です。
23:31 クローヴィスの改宗
クローヴィス1世はブルグント王グンドバトの姪クロティルドど結婚します。彼女はアタナシウス派キリスト教徒でした。
一方そのころブルグント王国は、王族間の抗争で大混乱。クロティルドの父親キルペリク2世はグンドバトに殺害されます。この抗争、政治的な混乱と同時に、国王一派がアリウス派、対立勢力・・・クロティルドを含む勢力がアタナシウス派という、宗派対立も絡んでいます。そんな危機的状況の中、クロティルドは今だ多神教を崇拝するフランク王国に嫁入りするのです。そして執拗に、クローヴィス1世にアタナシウス派へ改宗するよう勧めます。
この努力は、アラマン族との戦争ののち、成就することになります。
クローヴィス1世とクロティルドが結婚した493年は、東ゴート王国のテオドリック大王がオドアケルを滅ぼした年でもあります。
こうして、歴史地図が大きく塗り替えられていきます。
39:07 教会大分裂への布石
ここでは「アカキオスの分裂」という、キリスト教会内での決定的な対立について解説します。ローマ=カトリック教会が、東ローマ皇帝とは別の軍事的後ろ盾を必要としたその理由についての解説です。
45:27 西ゴート王国
当時の西ゴート王はアラリック2世。対して、領土拡張の野望を隠そうともしないクローヴィス1世。両者は「ヴイエの戦い」で激突します。一騎打ちの末、クローヴィス1世がアラリック2世を討ち取りました。
こうしてフランク王国は、ピレネー山脈までの広大な領域を併合します。
しかし、当時ゲルマン諸国家の盟主としての地位を確立していた東ゴートのテオドリック大王が介入、クローヴィス1世の思い通りにはさせません。
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