時代劇好きには言わずと知れた忠臣蔵、江戸城内で浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけたとして切腹に処された件で、大石内蔵助ら家臣たち47人がかたき討ちとして吉良上野介を打ち取り、その後四十七士は全員切腹、お家おとり潰しとなりました。
実はこの有名な浅野家の忠臣蔵と比しても劣らないぐらいドラマチックな事件が徳山藩にはありました。
万役山事件
これは1715年、忠臣蔵から約15年後に起こりました。
当時の徳山毛利家と萩宗家の間で喧嘩が起こり、徳山藩がおとり潰しにあって再興するという事件で、一度おとり潰しにあって再興するというのは、江戸幕府の歴史で徳山藩だけだったと思います。
普通はおとり潰しになったらもうそこで断絶して終了、幕府はほとんど異例は認めなかった。
おとり潰しから唯一の再興を果たす裏側には、忠臣「奈古屋里人」の存在がありました。
そんな万役山事件について、徳山毛利家第14代当主の毛利就慶氏が解説します。
00:00 オープニング
02:00 徳山藩主は萩宗家に反感を抱いていた?
04:41 萩宗家との領地境界で起こった刃傷事件
07:33 江戸幕府による徳山藩おとり潰し
11:25 奈古屋里人による徳山藩再興工作
15:47 ついに徳山藩再興が叶う
20:09 万役山事件の話題性
万役山事件のノンフィクション小説
『武名埋り候とも―周防徳山藩秘史』西岡 まさ子 (著)
正徳六(1716)年、宗藩・萩領との国境近くに生えた一本の松の木をめぐる事件から、徳山藩は改易に追い込まれた。藩主毛利元次は東北の新庄藩にお預け、藩士は萩藩に吸収された。この処分を不当として藩を再興させるべく密かに行動を起こした数人の男たちがいた。辛苦に満ちた三年におよぶ運動の結果、藩主はご赦免、藩は再興した。男たちも復藩したが、なぜか運動の中心人物・奈古屋左衛門里人は、離藩して徳山を去っていった。遺された記録をもとに、秘められた史実を再現する渾身の歴史ノンフィクション・ロマン。
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日本の歴史が動くとき、そこに毛利あり。
鎌倉政権樹立
天下分け目の関ヶ原
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毛利家は日本の歴史の大きなターニングポイントに深く関与してきた大名家です。
このチャンネルでは、徳山毛利家第14代当主の毛利就慶氏が、当事者ならではの裏話や秘話も織り交ぜながら、日本史への興味を掻き立てるような動画をお届けします。
大名家の当主が現代日本においてどのように暮らし、何を思うのか、等身大でありのままの姿でお伝えしてまいります。
「こんな話を聞きたい」というようなご意見ご要望は、ぜひ各動画のコメント欄にお寄せください。
毛利就慶氏への講演依頼も承ります。
なお、毛利就慶氏は歴史家ではなく、毛利家に伝わる言い伝えや独学の情報を基にお話ししていますので、動画で話す内容の真偽を保証するものではございません。
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『神に選ばれた男 児玉源太郎』中川 秀彦 (著)
この小説の主人公、児玉源太郎大将は、毛利家歴史チャンネルの語り手、毛利就慶氏が当主である徳山藩の武士でした。
ウイルスの概念もない明治末期に「検疫の大切さ」を理解していた軍人がいた。日露戦争を勝利に導いた名将にして、武力に頼らず台湾を近代化に導いた偉大な政治家でもある児玉源太郎。 その活躍と人生を余すことなく語り尽くす。
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