京都アニメーション, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=128702 / CC BY SA 3.0
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京都アニメーション
株式会社京都アニメーション(きょうとアニメーション、)は、日本のアニメ制作会社。略称は京アニ(きょうアニ)。
主にテレビや劇場用アニメーション作品の企画・制作(元請け)、他社作品の制作協力を行っている他、出版事業やマーチャンダイジング事業なども行っており、アニメーションを軸としたコンテンツ事業を展開している。
会社商標ロゴは「京」の文字をモチーフにしてデザインしたもの。
京都府の宇治市と京都市に本社と複数のスタジオを構え、テレビアニメーションの制作や、その劇場版アニメーションの制作を主力事業としている。2016年には、テレビアニメを経由しない単体となる長編アニメーション映画の制作にも初参入した。また、自社関連グッズを販売する『京アニショップ!』を京都に実地店舗として持つほか、オンライン上での通信販売も行っている。その他の事業に、自社文庫レーベル『KAエスマ文庫』での出版事業や、『京都アニメーションプロ養成塾』でのスクール事業運営も行っている。
一部のポストプロダクション工程は社外で行う必要があるため、京都の本社とは別にオフィスを東京都港区に置く。また、演出など一部のメインスタッフは京都と東京を往復することも多いといわれる。そのほか、福利厚生として社宅を完備。2013年からは自社イベントを京都市内で定期的に開催している。
旧虫プロダクションで仕上げ経験を持つ八田陽子が、1981年に近所の主婦らとともに、タツノコプロやサンライズの仕上げの仕事を始めたことが、始まりである。八田が結婚して移り住んだ京都府宇治市に由来して「京都アニメスタジオ」と名乗っていたが、のちに「京都アニメーション」に改称して夫の英明を社長に据え、1985年に有限会社として法人化される。元は仕上げの工程を行う仕上専門会社であったが、1986年に作画部門を設立し、他社の動画の下請けを始めている。
1987年のタツノコプロ制作のテレビアニメ『赤い光弾ジリオン』では実質的な制作を行ったとされ、同作品のプロデューサー石川光久がアイジータツノコ(後のProduction I.G)を設立する際には出資を行った。
やがて1990年代半ばから、演出・作画・仕上げ・背景・撮影などを自前で行う体制を整え、テレビアニメのグロス請けを行うようになった。スタジオを4か所構えた時期もあったほか、ゲームソフトのパッケージデザインや、そのソフトに関連したコミック版も請け負っていた。
1992年にはシンエイ動画からの受注で内田春菊原作のテレビアニメ『呪いのワンピース』を、演出から仕上げまで初めて社内スタッフだけで制作した。このころにはすでに質の高い仕事で評判になっていた。その後、長らく主要取引会社であるシンエイ動画・サンライズ・ぴえろ・タツノコプロ・GONZOなどの制作作品のグロス請け等の下請けを行った。また、『紅の豚』や『魔女の宅急便』などのスタジオジブリ作品の制作にも参加した。アニメ監督の杉井ギサブローによると、その評判から仕事の依頼が絶えず、発注元の制作会社では京都アニメーションに仕事を依頼するためにスケジュール調整を行うことがあったという。
1999年、株式会社に組織変更。このころから、デジタルペイント・デジタルコンポジット制作体制へと移行する。
2002年、グロス請けを担当していたテレビアニメ『The Soul Taker 〜魂狩〜』のスピンオフ作品であるOVAシリーズ『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』にてタツノコプロと共同元請制作ながら一般作品の元請制作に参入(1・2話のみ)。
2003年、初の元請制作のテレビアニメ『フルメタル・パニック? ふもっふ』をいくつかの話数でタツノコプロの制作協力を得ながら制作し、アニメファンの注目を集めた。2005年には全話グロス請けに出さずに制作した『AIR』を手がけ、他を圧倒するほどの作り込みと巧みな演出が話題を呼び、京都アニメーションの名はアニメファンの間でブランド化した。以後、グロス請けは動画仕上げにとどめ、1話毎のグロス請けを請けず自社元請制作に専念するようになり、『AIR』以降、ゲームブランドKeyが製作した恋愛アドベンチャーゲームをテレビアニメ化し、『Kanon』、『CLANNAD』、『CLANNAD 〜AFTER STORY〜』と毎年1作ずつ制作していたが、それ以降の作品の制作は行われて…
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