2020年12月13日(日)アルボムッレ・スマナサーラ長老のパーリ経典解説@ゴータミー精舎のライブ配信録画です。相応部六処篇六処相応「マールキャプッタ経(SN35-95 Mālukyaputtasuttaṃ)」の解説です。年老いてまだ悟りに達していなかった比丘にお釈迦様が教えた、超速で悟りに達するための「六処観察」ヴィパッサナー瞑想とは?(字幕作成:関口玲さん)

参考:相応部 六処篇 六処相応 六品「マールキャプッタ経(SN35-95 Mālukyaputtasuttaṃ)」|原文と和訳 光明寺経蔵
https://komyojikyozo.web.fc2.com/snsav/sn35/sn35c078.htm

以下、眼耳鼻舌身意(六処)を観察するヴィパッサナー瞑想で念ずるフレーズです。

①色の関わりで苦を積み上げる
‘‘Rūpaṃ disvā sati muṭṭhā, piyaṃ nimittaṃ manasi karoto;  
『〈色〉を見て、失念者たちは可愛の相へ作意する。  
Sārattacitto vedeti, tañca ajjhosa [ajjhosāya (sī.)] tiṭṭhati.  
執着した心の者として感受し、そしてそれへ固執して住する。  
‘‘Tassa vaḍḍhanti vedanā, anekā rūpasambhavā;  
彼には、〈色〉から発生する種々の感受が増大する。  
Abhijjhā ca vihesā ca, cittamassūpahaññati;  
〔すなわち〕貪求と悩害が。彼の心は害される。  
Evaṃ ācinato dukkhaṃ, ārā nibbānamuccati.  
このように苦を積み上げたならば、かれは涅槃に遠い〔と〕いわれる。

②苦を積み上げるために聴覚を使う
※①〈色〉を見て Rūpaṃ disvā /〈色〉から発生する rūpasambhavā を、②〈声〉を聴いて Saddaṃ sutvā/ 〈声〉から発生する saddasambhavā に入れ替えて繰り返します。

③苦を作るために香に愛着する
※①〈色〉を見て Rūpaṃ disvā /〈色〉から発生する rūpasambhavā を、③〈香〉を嗅いで Gandhaṃ ghatvā/〈香〉から発生する gandhasambhavā に入れ替えて繰り返します。

④味からも苦が流れる
※①〈色〉を見て Rūpaṃ disvā /〈色〉から発生する rūpasambhavā を、④〈味〉を味わって Rasaṃ bhotvā/〈味〉から発生する rasasambhavā に入れ替えて繰り返します。

⑤触に愛着すると定めは苦悩
※①〈色〉を見て Rūpaṃ disvā /〈色〉から発生する rūpasambhavā を、⑤〈触〉へ触れて Phassaṃ phussa/〈触〉から発生する phassasambhavāに入れ替えて繰り返します。

⑥苦悩に落ちるために思考・妄想する
‘‘Dhammaṃ ñatvā sati muṭṭhā, piyaṃ nimittaṃ manasi karoto;  
〈法〉を知って、失念者たちは可愛の相へ作意する。  
Sārattacitto vedeti, tañca ajjhosa tiṭṭhati.  
執着した心の者として感受し、そしてそれへ固執して住する。  
‘‘Tassa vaḍḍhanti vedanā, anekā dhammasambhavā;  
彼には、〈法〉から発生する種々の感受が増大する。  
Abhijjhā ca vihesā ca, cittamassūpahaññati;  
〔すなわち〕貪求と悩害が。彼の心は害される。  
Evaṃ ācinato dukkhaṃ, ārā nibbānamuccati.  
このように苦を積み上げたならば、かれは涅槃に遠い〔と〕いわれる。

⑦眼組織に気づき(sati)を
‘‘Na so rajjati rūpesu, rūpaṃ disvā paṭissato;  
彼が諸々の〈色〉に染着せず、念をもって〈色〉を見るならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa passato rūpaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈色〉を見、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccati.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる。

⑧耳の機能に気づきを
‘‘Na so rajjati saddesu, saddaṃ sutvā paṭissato;  
彼が諸々の〈声〉に染着せず、念をもって〈声〉を聞くならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa suṇato saddaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈声〉を聞き、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccati.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる。

⑨嗅ぐことがあっても涅槃の範囲内
‘‘Na so rajjati gandhesu, gandhaṃ ghatvā paṭissato;  
彼が諸々の〈香〉に染着せず、念をもって〈香〉を嗅ぐならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa ghāyato gandhaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈香〉を嗅ぎ、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccati.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる。

⑩苦難にならないように味を感じる
‘‘Na so rajjati rasesu, rasaṃ bhotvā paṭissato;  
彼が諸々の〈味〉に染着せず、念をもって〈味〉を味わうならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa sāyato rasaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈味〉を味わい、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccati.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる。

⑪触があっても苦を作らない
‘‘Na so rajjati phassesu, phassaṃ phussa paṭissato;  
彼が諸々の〈触〉に染着せず、念をもって〈触〉へ触れるならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa phusato phassaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈触〉に触れ、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccati.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる。

⑫苦を蓄積しない思考
‘‘Na so rajjati dhammesu, dhammaṃ ñatvā paṭissato;  
彼が諸々の〈法〉に染着せず、念をもって〈法〉を知るならば、  
Virattacitto vedeti, tañca nājjhosa tiṭṭhati.  
離貪した心の者として感受し、そしてそれへ固執せずして住する。  
‘‘Yathāssa jānato dhammaṃ, sevato cāpi vedanaṃ;  
彼が〈法〉を知り、また〈受〉に近づくにしても、  
Khīyati nopacīyati, evaṃ so caratī sato;  
それが滅び、積まれないように、そのように彼は念をもっておこなう。  
Evaṃ apacinato dukkhaṃ, santike nibbānamuccatī’’ti.  
このように苦を取り除くならば、かれは涅槃に近い〔と〕いわれる』と。

■廻向の文(終了時にお唱えください。)
「あらゆる生命に憐れみをもって真理を説かれた
 本師釈迦牟尼佛陀の聖なる教えに従い、
 我々がここまで積んだすべての功徳を、
 神々、先祖、祖父母、両親、親族、恩師をはじめとし、
 一切の生きとし生けるものに、廻向いたします。
 この功徳によって、生きとし生けるものすべてが幸福に暮らせますように。
 そして、解脱を得られますように。」

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